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最高裁判所第一小法廷 昭和43年(オ)206号 判決

上告人

飯沢三郎

代理人

宮林彦九郎

荒木新一

被上告人

新和商事株式会社

代理人

堤千秋

堤克彦

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人宮林彦九郎の上告理由第一ないし第三について。

原審は、上告人(控訴人)は訴外大正鉱業株式会社と取引を始めるにあたり、昭和三六年四月八日同訴外会社の大阪営業所に信認金名義で一五〇万円を寄託したこと、昭和三七年六月二〇日右訴外会社の石炭販売部門が分離独立して被上告会社(被控訴会社)が設立されたこと、そして、同年七月上旬頃被上告会社大阪営業所において、従来右訴外会社と取引のあつた業者、上告人を含めて約二〇名を集め、被上告会社から同会社設立の経緯および今後の取引方針について説明を行い、この説明会において被上告会社代表者中原基夫は、今後右訴外会社の生産炭は全部被上告会社が買い取り、被上告会社から業者に販売する、その場合被上告会社は業者が右訴外会社に差入れている信認金を尊重し、その業者とは改めて信認金の差入を求めず取引をする旨言明したとの事実を確定しながら、その際被上告会社が右訴外会社の上告人等業者に対する信認金返還債務を引受承継したことは認められないと判断している。

しかしながら、被上告会社は訴外会社の石炭販売部門が分離独立して設立されたものである旨の原審認定事実に鑑みれば、被上告会社は右訴外会社の営業の一部たる石炭販売部門を譲り受けたものと推認するにかたくないばかりでなく、原審が真正に成立したものと確認している乙第九号証に、大正石炭販売株式会社(被上告会社の旧商号)大阪営業所が、昭和三八年一月七日付書簡をもつて、上告人に対し、同社が右信認金一五〇万円とその利息を預つている旨を述べた記載があることに徴すれば、右信認金は取引の担保の趣旨を有するものと解しうるのであつて、これらの事実を考え合せるならば、右信認金は法律上被上告会社と上告人との新規の取引と無関係なものとは断じ難く、かえつて他に特段の事情のないかぎり、被上告会社と取引を継続する業者との関係において被上告会社が前記信認金の返還債務を引受承継したものと解するのを相面とする。もつとも、原審は、右の点について、被上告会社(被控訴会社)代表者が右説明会において、取引をしない業者に対しては右訴外会社から右信認金の一部を分割返済する旨言明したこと、被上告会社は信認金返還債務を引受けるようなことは述べていないこと、そして右訴外会社は昭和三九年一一月頃遂に閉山となつたが、その清算手続において右訴外会社から業者に信認金の一部を返済していることを認定しているけれども、右訴外会社が上告会社に対して右信認金の一部を返還した等の事実があれば格別、単に右事実が認められるというだけでは、前記各事情に照らし、未だ被上告会社において右信認金返還債務の引受承継をしたとの推認を妨げるに充分な事由とはなし難い。そして、原判決には、他に右推認を妨げるに足りる特段の事情について説示するところがない。

しからば、原判決は、右信認金返還債務の存否に関する認定について、経験則に違反して上告人の主張事実を認めず、ひいて理由不備の違法を犯したものというべく、この違法は、原判決の結論に影響を及ぼすこと明らかであるから、論旨はこの点において理由があり、原判決はその余の上告理由について判断するまでもなく破棄を免れない。そして、本件はさらにこの点について審理を尽さしめるため、原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条により、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(岩田誠 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 大隅健一郎)

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